なんで自分のためにならないことのために頑張るの?
最近サボってるので小ネタ。というか割と珍しい、普通のブログっぽい内容。
時々聞かれるんだよね。
「別に OpenOffice.org にこだわりがあるわけじゃなかろうに、なんで再現テストがんばったりするの?」
とか、
「自社のプリンターの印刷不具合について調べるならともかく、なんで他社製品のユーザーのトラブルシューティングまでやってるの?」
とか、
「なんで使いもしないディストリビューションの週刊ニュースの翻訳とかやってるの?」
とか。
まあ最後の件については昔書いたから(リンク探すのめんどうなので各自で探してください)いいとして、よーは、
「なんで自分のためにならないことのために頑張るの?」
というのが、不思議な人がいるらしい。
答えはシンプルで、
「情けは人のためならず」
で終わってしまうのですが、もうちょっと補強しておきましょう。
James Bottomley という人をご存知でしょうか。
蝶ネクタイがトレードマークの Linux カーネルハッカー、SCSI サブシステムメンテナにして The Linux Foundation テクニカルアドバイザリーボード。
彼が大昔に書いた Linux Graphics Essay って記事があるんですが、その中にこんな一節があります。ちょっと長いけど引用。
Since most experienced Linux users know either to pick Intel or to carefully research their choice of graphics card, most of the reported oopses are coming from less experienced or even novice Linux users. The problem here is that these people quickly get frustrated with the problems which they will ascribe to Linux in general, not the problem binary driver in particular. Even worse, they may report the problem to a Linux forum only to be told that it's a binary driver issue and can't be fixed, thus leaving the reporter with few options to try a working Linux system beyond an expensive graphics hardware replacement. These users aren't likely to continue their experiment with Linux; nor will they recommend it to their friends. In fact, they're probably turned off Linux for a considerable period (if not for life). This last is an illustration of the active harm binary modules do to the Linux ecosystem: Linux gets classified as unusable because of a problem in a binary module which no open source developer can fix.
私が知人と訳したのがこちら。
経験豊かな Linux ユーザーは Intel を選ぶか、グラフィックスカードを慎重に調査して選択するかどちらかのため、報告されたほとんどの oops は Linux にそれほど経験がないか、往々にして Linux 初心者から寄せられているということです。ここでの問題は、こういう人々はこの手のトラブルを Linux 一般のものと考え、バイナリドライバー固有のものと考えないで、すぐに苛ついてしまうことです。もっとまずいことに、Linux フォーラムにトラブルを報告しても、それはバイナリドライバーの問題で修正はできないんだ、とだけ言われてしまうので、報告者が Linux システムを動かすには、高価なグラフィックスハードウェアを入れ替える他には、ほとんど選択肢が無いのです。このようなユーザーは Linux を使い続けたいと思わないでしょう。さらに友人にも勧めないことでしょう。要するに、彼らは考えられる期間ずっと Linux からは離れているでしょう (もし生活がかかっていなければ)。最後の例はバイナリモジュールが Linux エコシステムに実際もたらしうる危険を如実に表しています。オープンソース開発者が手出しのしようのないバイナリモジュールの問題のおかげで、Linux は使い物にならないと分類されてしまうのです。
これがすべてです。
たとえばプリンタでいきます。
競合他社さんのプリンタで Linux で印刷不具合が出た。
そこで「もう Linux なんかダメだ、印刷すらできないなんて」っていわれるのがすげーぼくは悔しい。Linux が好きだから、ではなく、Desktop OS のなかから Linux という選択肢がこの世から失われる可能性が高くなるから。
同じ理由で OpenSolaris (というものはなくなるかもしれないけどとりあえず) もそうだし、*BSD でも、それがデスクトップ指向を標榜するかぎり、同じです。
ぼくやぼくの所属組織がどうとかいう問題ではないのです*1。
たとえばOOo。
「Windows と Mac だけちゃんと動いてれば Linux なんかユーザー少ないからこのバグ放置でよくない?」という言い方は、無論 Linux の Desktop OS としての可能性を否定するという発言である時点でイケてないんだけど。
それ以上に、たいていの Linux ユーザーはデフォルトで OOo (まぁたぶん Go-oo なんだけど) を使っているわけで、Windows ユーザー内の OOo のシェアと Linux ユーザー内の OOo のシェアを比べれば後者のほうがはるかに高いわけです。
そこで Linux ユーザーにとって非常に印象が悪いバグがあったとしたら、OOo というプロダクトのイメージをどれだけ損なうか、そういうことを考えるのは普通じゃない? と、そういうことです。
実はなんでもつながっているのです。
だからといってなんでもはできないけど、できることをやる。
自分が使ってるものに十分なリソースがあるなら、使ってないものにリソースを割いたっていい。それは必ず、自分の使っているものに帰ってくるものだから。
ややセンチメンタルに過ぎるかもしれませんが、それがぼくの考えです。
ちょっと整理できてないので書き直すかも。
*1:あ、ビジネスではまた別の論理がありますが、それはここで語る話ではありませんので略。